FC2ブログ

また一つ思い出が消える

IMG_7047.jpg

ブライトンホテルが改築するため、しばらく休業するのだそうです。ここのロビーは京都一のお気に入りでした。育児で一番忙しいときも、数か月に一度は高校の時の同級生と飲み食べ歩きを強行していて、ここで締めのコーヒー・タイムをするのが極上の楽しみでした。広いロビーではグランドピアノの生演奏があって、非日常にどっぷりつかって、英気を養ったものです。ここのクリスマスコンサートは最高の雰囲気だった思い出もあり、ここが消えるのは残念。

IMG_7050.jpg

IMG_7049_201809220600446ab.jpg

このメンバーは毎月会食する会を持っていて、今月はここ。私は飛び入り参加で毎月お呼びかかかるのですが、年に1~2度しか出席できません。なのに10名ほどの皆さん、殆どが初対面の時から、旧知のように大歓迎してくれるメンバーです。

IMG_7051_2018092206093774c.jpg

ある人は、「5分ほどでさっと描いた」手作り封筒に会費を入れ(私はなぜか招待)、私が「どこかで使わないともったいないね」というと、「他で使ってはいけないの。これは私への香典を入れて返してもらうことになっている」そう。オモシロいね。

IMG_7057_20180922062539cdb.jpg

他にもハンドバッグ作家など、多才な人が多い。これはプレゼントされたもの。もっと凝ったものも作っておられるが、どんなに凝ったデザインでも、凝ったのが分からないシンプルさを強調しておられる。

IMG_7056.jpg

サルは150頭までなら一匹のボスが統率できるがそれ以上は無理。人類も、例えばカースト制を維持するには、一握りの上級カーストが、「神が決めた」と神話を作って、それ以下のカーストに信じさせないと統率できなかった。この神話作りが黒人、女性、ユダヤ人、ロマの人達等が汚れているというストーリや、「キリスト教」などの宗教、株式会社など、あらゆるところで力を発揮した話。
ハムラビ法典が紀元前1776年で、アメリカの独立宣言が1776年という符号も面白い。

「飛べない蛙」も読みました。在日の中学生が、総連活動家の祖父にそそのかされて、「地上の楽園」に帰国した話。他聞にもれず、あの地に着いた途端、「しまった」!と絶望したらしい。今までのどの「北」の話より切実な内容。10年ほど前に脱北に成功し、韓国で執筆活動に。これは30~40年間、日本語を使わなかった著者が日本語で書いた本。先に帰った人が後に続く人達に、絶対帰還しないよう、暗号か何かでメッセージが送れなかったのか、改めて思った本でした~。朝鮮民族特有のユーモアがある文体で、次回作が楽しみですね~。

雨が続いて、隣の大工仕事が一向にはかどりません。今日も雨で、今月中は無理かも。何事も上手く行かないものですね、、、、。


防災の日のあとに喝っ!

IMG_7026_20180909052605832.jpg

21号に、ひどい目に遭わされました。うちより古い家の各角っ子の家も被害がなかったのに、我が家では壁が一面、吹っ飛びました。風の通り道だったみたいです。応急措置は取ってもらいましたが、本格修理は時間がかかるみたいです。大工さん、壁屋さんが先の西日本豪雨で、京都を出っ張らっているようなのです。

IMG_6996_20180909053114c1e.jpg

雨が続く日は、読書が一番。コペルニクスもガリレオも、実は歴代の有名な科学者の8割までがキリスト教を信じているのはなぜか、という本です。美しい数学式で表せる宇宙の働きの、その最初の核は、神でしか語れない、科学はそれに近づく学問、と考えている学者が結構多いというお話。聖書の例え話が稚拙なのは、2千年前の民衆に分かりやすく説いたためで、、、、、。神はともかく、物理学の基本的なことを、絵本のようにして理解できる本としても、おもしろい。

IMG_7037.jpg

芭蕉の「おくの細道」とは関係ありません。映画「戦場にかける橋」は、娯楽的過ぎる、きれいごとすぎると批判が大きかったそうですが、タスマニア出身の捕虜だった著者の父親から聞いた話を元に、12年かけて書き上げられた本です。捕虜の目から書いた「戦場にかけさせられた橋」になります。「父親」はこの本が出来上がった報告を聞いた日に、98歳で亡くなられました。

ロームシャ、テンコ、ベンジョ、サンビャクサンジュウロクバン(著者の父親の捕虜番号)など、著者の父親が覚えた言葉も出てきて、どのように捕虜が扱われたかを白人種によって詳しく語られた本で、内容はちょっと、ここで書くには辛すぎますね。ただこの著者は、「天皇の命令だ」と病気の捕虜も駆り立てて働かせ、監視役にさせられた朝鮮人は約束の労賃も貰えずBC級戦犯で絞首刑にされ、命令した張本人や直接虐待を命令し、虐待に加わった者たちは戦後ものうのうと暮らしたことまで指摘しています。

好きだった「クワイ河マーチ」は、もう聴かないと思います。

防災の日に喝ッ!

IMG_6998.jpg

あんまり政治ネタは書かないようにしていますが、この人は本当にムカつく人ですね。
あの石原慎太郎さんや猪瀬さん、舛添さんでさえ追悼文を寄せていた、関東大震災の時のデマで虐殺された朝鮮人犠牲者の慰霊祭への知事としての追悼文を、今年も拒否しました。飛ぶ鳥を落とす勢いだった昨年は「調子に乗ってるな~」で我慢するしかありませんでしたが、今年は8600筆の署名を渡されたにもかかわらず、拒んでいます。

善良な日本人が、デマで善良な朝鮮人を殺めた史実を、「震災とその括りの中のいろいろな事情で死んだ人」等と、回りくどい言い方で歴史を隠蔽しようとしています。昨年は「様々な見方がある。歴史家がひも解くもの」と学習能力のない表現で、拒否しました。この辺は安倍さんの詭弁と似ていますね。

防災の日に歴代知事が95年前の惨劇を確認し、不幸な歴史を繰り返さないようにと、メッセージを送ってきたのです。その義務が、東京都知事にはあるのです。先の東日本大震災でも、「外国人の犯行が横行している」というデマを信じた人が86%に上ったと、2年前の調査にあります。人間は本当に弱い動物なのです。

その折も折、そしてヘイトスピーチも勢いが衰えない昨今、自然災害による死と、善良なヒトの手で虐殺された死は、分けて受け止める必要がありますね。どちらも不条理ですが、同一視する感性は、疑いますね。追悼文を出すことにここまでこだわる、彼女の計算は何処にあるのでしょう。現にその方面から、拍手喝さいを浴びていますね。

「都民ファースト」を言ったときの彼女は、カッコウ良かったのに。

一流の人との出会い

IMG_6981_20180827052012dc3.jpg

鴻上さんがある本を読んでいると、サラっと、9回特攻に出て9回とも生還した人のことが書いてあったそうです。その人のことを調べると生存しておられることが判明。本にする目的ではなく、会いたくて、入院中の嫌がる本人に5回も面会して、この本が出来上がりました。最後のお見舞いの2か月後には他界されたので、ぎりぎりの出会いでした。

特攻作戦など、もともと帰りの燃料を積まず(軽くして)、爆弾を積んで飛行機で高度から戦艦に体当たりしても、命中率はとても悪いらしい。しかも迎撃されるし、あれだけの犠牲者を出しても結果は専門家の予測通りで、戦果は戦艦で23艇ほどと、全然、犠牲と見合っていなかった。

何故この人は9回も生還できたかというと、この人の上司の28歳の爆撃の名手が、「無駄死にするな。爆撃が成功したら、近くに不時着をしてでも生きて還ってきて、又、出撃すればよい」と言った一言。この28歳の爆撃の名手も特攻作戦に大反対でしたが、儀礼好きの駐フィリピンの最高指令(戦術のずぶの素人)に挨拶に来るよう何度も呼ばれ、飛行機で向かう途中で米機に撃墜されるという犬死。

さて、この9回生還した人は、一回目の出撃で「軍神」に祭り上げられ、天皇にも報告され、故郷でも盛大な葬式をされたが、機の故障か何かで生きて生還。この人は飛行機が大好きで、空を飛ぶことに憧れて、飛行機免除を取った人で軍人ではない。天皇にまで報告したのに還ってきたので上層部は慌て、早くこの人に死んでもらわないと、辻褄が合わない。それで次々と出撃を命じるも、(ただ死んで来るように、この人の機には爆弾も積まれなかったのを)整備の人たちが、爆弾を積んで、それを落とせるよう内緒で工作したり、特攻機を現場まで誘導して、作戦を見届ける数機の偵察機が(わざと、天候不良とかの理由をつけて)、Uターンして、生還を誘導したり、、、、一流の心ある人が戦時にもいっぱい、いました。

彼は勇敢で飛行の腕もよく、逃げたことは一度もないのですが(実際、輸送艦を撃墜している)、そして生還するたびに上層部に叱責されるのですが、最初の28歳の上司の言葉を支えに、叱られても嫌がられても無駄死にを避けたことで生還し、生き延びました。戦争の最後は15歳前後の少年兵が、赤とんぼ(特攻機がないので、翼が布)で出撃したそうです(本人も親もたまったものではありませんね)。整備兵はみな、涙で送りだしたとか。敵を倒すのが目的ではなく、このように闘っているという内輪向けの戦意高揚が目的の一つでした。この特攻隊を発案した無能者は8・16に自刃しています。リーダーが腐っていた戦争でした。

IMG_6987_20180827083833b10.jpg

IMG_6986.jpg

録画してあった秀樹の追悼シーンを見ました。リクエストが一番多かったそうで、絶頂期の彼の映像が流れると思ったら、親友の五郎さんとのデュエットでした。まるで秀樹の魂がそこに来ているかのように、秀樹のマイクが立てられ、秀樹が独唱のときは、五郎さんも、まるで秀樹がそこにいるかのようにポーズをとっていました。

IMG_6983.jpg

秀樹亡き後に彼が一流のアーティストであったことを知り、ファンになったのですが、五郎さんも一流ですね。この秀樹への敬意の表し方を見てください。親友だったのですね。

最後にNHKアナウンサーである司会者が、「西城秀樹さん、ありがとうございました」と言ってくれました。秀樹が復活したようでした。ファンにも遺族にも、最高の慰めであり、励ましですね。この司会者に一流を感じましたが、このような演出を企画したPDが、最高の功労者ですね、一流を感じました。

いやー、一流に触れると、活力の源泉になりますね。何度見直しても涙が流れますが、今日一日を無駄にしないようにとのメッセージにも取れますね。今年は紅白がたのしみですね。きっと良い演出をしてくれるはず。
                      ~40年遅れのファンからでした。


家族が増えた!

IMG_6978.jpg

「危険が伴う暑さ」の中、末っ子のために祝ってくれた皆さん、どうもありがとう❢ほぼベストメンバーですね。本当に楽しかったですね。誰かが「そろそろお開きに」と言った時は、すでに6時間が経っていたのですね。私はまだ3時間程かと思っていました。時の経つのを忘れる、とはこういうことですね。本当に皆さんには感謝しているよ。

IMG_6939.jpg

IMG_6934.jpg

今回は娘二人をあてにして、手のかかる料理にも敢えて挑戦。”ほぼ家族”もハッスルしてテーブルセッティングや、”蒸しアワビや蒸しトコブシのヤンニョムジャン添え”を手伝ってくれました。

IMG_6935.jpg

IMG_6936.jpg

IMG_6942.jpg

私は無口なので、感謝の気持ちを言葉で伝える自信がなく、お料理でそれを伝えようと、10品目の献立に気合いをいれました。でも一番にはしゃいで、殆ど写真は撮り忘れましたよ。

チャップチェは海鮮チャップチェで、その海鮮類を少しづつ取って作ったチジミも、ばっちりでしたね。そうそう、ホタテやエビ・タコをサッとから煎りしたものを、グレープフルーツや水ナスとわさび醤油とダシで和えた前菜も、彩りもきれいでした。お寿司も、いつもの国籍不明のものではなく、正調キムバッでしたね。この方が簡単。

IMG_6928.jpg

最後の函館直送の干物で私の好物・コマイのころには、殆どの人が見むきもしませんでした。牛カルビのチムそっちのけで、一番人気が蒸し豚なんて、ちょっと、傷ついたな~。だから年寄りはキライ!

IMG_6931.jpg


来てくれた皆さん、本当にありがとう。皆さんの祝意のお陰で、二人の幸せに弾みがついたでしょう、きっと!最高の日でした。そして「最高の日だった」と、いってくれた方々、どうもありがとう。何を食べるか、よりも、誰と食べるか、が大事なのですね。本当に、どうもありがとう。たのしかったよ!

IMG_6964.jpg

IMG_6957.jpg

今年は久しぶりに娘二人と、五山の送り火に、早世したK一の元妻のあきちゃんの冥福を祈りました。いい人だったのに、K一がわるかったばっかりに、不幸な人生を送らせてしまいました。御免ね。

あきちゃん、3人の子とは連絡をとっています。いつでも父の実家とも祖父の家とも思って、尋ねてくるようにいいました。心配しないでね。

IMG_6944.jpg


みなさん、健康には気をつけましょうね!どうもありがとう!


プロフィール

ミセスパンプキン

Author:ミセスパンプキン
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR