世界遺産・扶余へ

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今からわずか20数年前、この地のお寺の跡地の発掘調査で、出てきた百済金銅大 香炉.百済人の工芸技術の高さに、世界中の人が驚いた一品です。凸凹は琴や縦笛を奏でる楽師や鳥、獣などで、びっしり表現されています。新聞記事を覚えていますが、あまり信用しませんでした。(博物館にて)

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1500年以上前の人達の土器です。

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博物館では、ジオラマで当時をしのぶことができます。

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昼食は、名物のハスの葉で包んだご飯定食。定食なので、注文しただけで、これだけついてきます。それで一人1500円ほどだったかな?もちろんマッコッリh別です。この国の人の味付けは、本当に口にあう。

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定林寺址の五重塔.この時代に、各層で形を整えた、見事な石塔です。美しいですね!(バス運転手のおじさんが、バス停は離れているからと、この寺の前

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日本の国宝第1号・太秦の広隆寺の弥勒菩薩と全く、材質・姿などが同じ弥勒菩薩が、ここにありました(本物は博物館)。この木は日本にないものなので、ここでこの時代に作られたというのは、論争もありません。ゆかりを感じますね。

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時代劇によく出てくる熊津(公州)から、ここ扶余に遷都した後期百済(の天然の山城・扶蘇山城.登山のように上っていくので、若い子との旅は、もう限界.白馬江が周囲を囲むように流れていて、歴史ロマンがいっぱい漂っているところです。

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660年、新羅と唐の連合軍に敗れたとき、側室を含む3000人が、この岩から白馬江に身を投げました。落花岩(ナッカアム)と名づけられています。新羅より百済に魅力を感じるのは、この辺かな?今韓国で「花朗(ファラン)」というドラマが放映されています。百済時代の、日本でいえば2・26事件を起こした青年将校のもっと若い版で、容姿も端麗グループです。上陸が楽しみです。

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百花亭.落花岩の上にあります。百済滅亡の悲劇の象徴です。新羅は何で唐と組んだかな?

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皐蘭寺(コランサ)。3000人の官女たちの霊を慰めるため、高麗時代に創建された。高麗の人も、痛く同情したのですね。壁には投身の様子が描かれている(歴史的な壁画ではないと思う)。ここは周囲が本当に美しい景色だった。

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陵山里(ヌンサンリ)古墳群.美しく整備されています。これもユネスコ世界遺産に入っています。芝生が青くなれば、もっと美しいくなるでしょう.本当に魂が眠っていようといまいと、ただの平地より楽しいし、、、。

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この古墳群から、このような花柄の壁画が発見されました。(本物は別のところ)

この近くの宋山里古墳群には、武寧王と妃の墓があります。娘は京都に都を移した桓武天皇の妃ですね( 墓は桂に)。いや~、「ゆかりを感じます(今上天皇の言葉)ね~」。

ここの小さな博物館の館員は、九州から嫁に来たとても人好きな日本人だった。

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夕食は、やはりこの地の名物の、もやしクッパ。昼を重く、夜を軽くと、娘の絶妙な配慮です。

扶余は期待以上だった。無理をさせてでも、近くにいる親戚を呼べばよかったかなぁ~。




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